『リチャード・ジュエル』評論!資本主義とメディアの影を問う名映画!

リチャード・ジュエル

映画『リチャード・ジュエル』の10点満点評価

★★★★★★(6点)

「資本主義」および「メディア」の影の部分を描き「持ち帰る物」が多い名作ですが、暗めの群像劇が大半を占めているので、Netflix等のネット動画配信サービスと相性が良い作品だと感じました。

映画『リチャード・ジュエル』公式予告動画、およびストーリー概要

1996年アトランタオリンピックが開催されているあいだ、彼は警備員の職に就いていた。
1996年7月27日、センテニアル・オリンピック公園のベンチの下に不審なバックパックが置かれていることを発見した彼は、ジョージア州捜査局の捜査員に知らせて、周囲にいる人々を立ち退かせはじめた。
その数分後、バックパックに仕込まれていたパイプ爆弾が爆発した。これにより2人が死亡、100人以上が負傷した。

数日後、連邦捜査局がジュエルを事件の有力な容疑者として捜査を進めていることが報道された。
それまで国の英雄として扱われていたジュエルは、捜査局とマスメディアの両方に付きまとわれる日々を過ごすことになった。

『リチャード・ジュエル』ウィキペディアより引用

映画『リチャード・ジュエル』のポイント

良かった点

  • 資本主義の影の部分である、過程や虚実はどうでもよい「成果主義」の危うい側面を描き出している
  • メディアの偏った報道がいかに危険で、それを信じてしまう人々がさらに「人間の尊厳」を傷つけるかが理解できる
  • FBIのプロファイリング捜査の危険性を描き出している

気になった点

  • 爆破テロシーン以降は、暗めの群像劇が続くので、必ずしも「映画館」で見るべきとオススメできる作品ではない。(Netflix等のネット動画配信サービスでしんみり観るのに向いている)

映画『リチャード・ジュエル』の感想

本作『リチャード・ジュエル』は、「1996年アトランタオリンピック」にて実際に発生した爆破テロ、またその爆破テロ容疑者として疑われてしまった警備員「リチャード・ジュエル」の実話に基づいたドキュメンタリー映画となります。

ご存知の通り、2020年7月から日本でも東京オリンピックが開催されますので、このようなテロが発生する可能性があり、日本人の我々としても他人事では全くありません。
若干のネタバレがOKな方はクリックして開いて下さい

主人公「リチャード・ジュエル」の強すぎる正義感を社会が受け入れない怖さ

本作の主人公である「リチャード・ジュエル」は、正義感が誰よりも強く、大学の警備員をしていたころから、学生の「アルコール飲酒」をどこであろうと見逃さない等、とにかく秩序とルールを誰よりも守ろうとしています。

一方で、そういった「強すぎる正義感」が社会から煙たがられ解雇処分を受けてしまい、不遇な人生を歩むこととなります。

リチャードジュエルのシーン

『リチャード・ジュエル』公式ホームページより

学校では「校則厳守」「法律は絶対」等と教育しながらも、「資本主義社会」では「少しのルールの逸脱(一定の悪)」が許容され、「大人の事情」として見過ごされるべき物として扱われている側面が本当に正しいのか?と「クリントイーストウッド監督」の問いを描き出したのが本作『リチャード・ジュエル』に当たると思います。

映画アイコン
誰よりも正しいことをしているのに、社会から煙たがられ「異常者として扱われる」怖さを見事に描かれています

主人公である「リチャード・ジュエル」は、観察力が鋭く、ゴミ箱に入っている「スニッカー」の空き袋から、その人の趣味嗜好を的確に把握できる等の観察能力の高さが丁寧に描かれています。

実際に「1996年アトランタオリンピック」にて発生した爆破テロで、誰よりも早く爆発物が詰まったリュックを発見し、通報、および人々を安全エリアへの誘導を行ったため被害者数が限定的にとどまることとなりました。

(残念ながら死者が2名でていますが、「リチャード・ジュエル」の活躍がなければ、もっと悲惨なことになっていたのは間違いありません)

しかし、その鋭い観察力により爆弾を誰よりも早く発見できた点、また過去の「強すぎる正義感」による人物像が、FBIのプロファイリング捜査、およびFBIのメディアへの情報リークにより「爆破テロの犯人」として第一容疑者とされ、「ヒーロー」から一転して「テロ容疑者」としてメディアリンチに合うことになります。

FBIのプロファイリング捜査は、かつては画期的と称賛された「証拠がなくても犯人に人物像が該当すれば犯人と見なす」という捜査方法です。

「証拠がなくても、辻褄を合わせれば無実の人が犯人になり、さらに終身刑や死刑になりえる」という非常に危険な捜査方法だと思います。

 

また、メディアも「報道の自由」という権利主張のもと、他社や他局よりもいち早く「虚実」は置いておいて、ビッグニュースを報道し商売をするという「偏った報道」を行っている危うさも本作では描かれています。

ただ、そのメディアの「偏った報道」を正す役割を現在担っているのが、「クリントイーストウッド監督」が前作『運び屋』で批判的な視点で描いた「インターネット」であるという皮肉さもあります。

運び屋

『運び屋』公式ホームページより

「クリントイーストウッド」作品に共通される絵面の美しさ、スピード感

前作の『運び屋』でもそうでしたが、「クリントイーストウッド監督」の作品は、とにかく野外シーンの光景が美しく、芸術的でとにかく引き込まれる魅力があります。

自身が名優として『荒野の用心棒』や『ダーティハリー』等の名作に出演していたノウハウの蓄積と、監督自身の美的センスの融合によるものと考えられますが、ほんとうに1シーンごとの映像美に惚れ惚れしてしまいます。

クリントイーストウッド

『クリントイーストウッド』Wikiペディアより

また、「クリントイーストウッド監督」は、2020年時点で御年89歳というお歳ですが、映画全体のテンポがスピード感があり、下手な若者よりも「若者らしい」速度感の研ぎ澄まされた方であることに疑う余地がありません。

(マーティンスコセッシ監督の最新作「アイリッシュマン」は、筆者は22回観ているほど大好きな作品ではありますが、作品全体はゆったりとしていて、お爺ちゃんのリズムの作品ではありましたw)

ちなみに、筆者も尊敬している「ある日本の映画評論家の方」が「クリントイーストウッド監督」に、「日本では高齢者ドライバーによる事故が多発し問題視されています。監督はご自身で車を運転されているそうですが、免許返上は考えていませんか?」と質問したところ、「黙れ!」と言われたそうですw

正直、本作『リチャード・ジュエル』のテンポ、スピード感を見ていても、明らかに30代の筆者よりも「クリントイーストウッド監督」の方が速度感覚が研ぎ澄まされていて車の運転が上手なことは明らかです。

結局、「高齢者」だからといって必ず交通事故を起こすというものではなく、人それぞれだし、「正しさ」というのも常に変化する形なき物なのだろうな~と、本作『リチャード・ジュエル』および「クリントイーストウッド監督」の生き様から学ぶことが多いです。

映画アイコン
筆者が本作『リチャード・ジュエル』を観た映画館が、例の池袋高齢者ドライバーによる交通事故が起きた場所のすぐ近くの「グランドシネマサンシャイン」だったので、複雑な気持ちにはなりました。

ただ、年齢を重ねることに反射神経が衰えることは間違いないので、車の運転に自信がない高齢者の方は、環境やご自身の能力に合わせて、免許返上を視野に入れる必要あると思います。

映画の広告を逆手に取ったドキドキ感

最近では、話題作は映画本編の上映前に「広告」として美味しいシーンを切り貼りしたコマーシャルが流されるので、観客側は映画を観る前から「ある程度」の展開が予想できてしまうというデメリットがあると思います。

しかし、本作『リチャード・ジュエル』では、それをあえて逆手に取った「ドキドキ・ハラハラ感」が味わえるシーンが用意されています。

このあたりも「クリントイーストウッド監督」の時代に合わせた研ぎ澄まされた感性が成せる技だろうな~と感服致しました。

本作『リチャード・ジュエル』を観て持ち帰る物、考えさせられる物は沢山あり、とても良い映画ですが、爆破テロシーン以外は暗めの群像劇が続くので、大きなスクリーン&良質な音源で楽しまなくても、「スマホ」で一人でゆっくり観る方が、もしかしたら「より楽しめる作品」なのではないかな~とも感じました。

映画アイコン
筆者個人としては、「今すぐ映画館にいって『リチャード・ジュエル』を観て!」とはなかなか言い辛い、Netflix等のネット動画配信サービス向き映像作品ではないかな~と思いました。

一方で、本主義」、および「メディアの報道する権利」の危うさを改めて考えさせられ、持ち帰るものが沢山詰まった名作であることは間違いありません。

是非『リチャード・ジュエル』をご鑑賞下さい!