シリアの内戦を知るキッカケを作る価値は認めるが…映画『シリアにて』評論

  • 2020年9月3日
  • 2020年9月15日
  • 戦争

シリアにて

映画『シリアにて』の10点満点評価

★★★(3点)

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2011年よりなお続いている「シリアの内戦」について知る機会を得られるので作品の価値、制作の志は認めます。一方で、単純に映画として観客をストーリーに引き込む演出、脚本力が不足している作品な気がします。

映画『シリアにて』公式予告動画、およびストーリー概要

戦地シリアの今。死と隣り合わせの日常。アパートメントの一室に身を寄せる家族とその隣人。
数々の映画祭を席巻し18冠を獲得した、今こそ世界に伝えたい、終わらない悲劇の物語。

三児の母であるオームは、自らが住むアパートの一室をシェルターにして、家族と隣人ハリマの一家を市街戦の脅威から守っている。
一歩外に出ればスナイパーに狙われ、爆撃が建物を振動させ、さらに強盗が押し入ろうとする。
果たしていつまで持ちこたえられるだろうか…。
第72回カンヌ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した映画『娘は戦場で生まれた』や『アレッポ 最後の男たち』『ラッカは静かに虐殺されている』などのドキュメンタリーで繰り返し描かれてきた、
死者数十万人、戦後最悪の人道危機ともいわれるシリア内戦の悲劇を、武器を一切持たない一般市民の女性の視点で捉えた、家族を守るための、いつ終わるとも知れぬ24時間の密室劇。

岩波ホール『シリアにて』作品紹介より引用

映画『シリアにて』のポイント

良かった点

  • 無機質に人が殺害されている「シリアの内戦」について知る機会を得られる
  • セリフではなく、ドア1つで緊迫した状況を表現している

気になった点

  • 本作の主人公であるオームが、なぜ自宅をシェルターとして隣人を匿っているのかが分からない。
  • 登場人物たちに降りかかる不幸な出来事がぬるく、リアリティに欠ける
  • 物語には直接関係のないものの一つ一つの小道具が雑におかれていて勿体ない

映画『シリアにて』の感想

本作『シリアにて』は、2010年に起きた「アラブの春」と呼ばれる反政府革命テロを起因として、世界各国やテロ組織が複雑に介入し、今なお続く「シリアの内戦」について知る機会が得られる映画です。

現在進行形で起きている「人類史の汚点」について学ぶことができるため、作品としての価値は認めますが、どうもリアリティに欠ける要素が多く、筆者の趣味嗜好にはマッチしませんでした。

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これくらいのソフトタッチな「恐怖」で十分!という方なら満足できると思いますが、戦争映画は「リアルな人間の悪」を映す鏡としての役割を期待してしまう人にはマッチしない作品だと思います。
若干のネタバレがOKな方はクリックして開いて下さい

ドア1つで緊迫した状況を表現できているのはウマい

本作では、シェルターとして機能している家のドアに、ただ鍵をかけるだけではなく、分厚い木の杭を都度置き、いかにドアという存在が脆くかつ「治安が悪く、いつ誰に襲われるか分からない状況」であるかセリフではなく、1カットで表現しているのは実に映画的でお見事だと思いました。

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アメコミ映画の中でも特に評価が高い「X-MEN ファーストジェネレーション」のセバスチャン・ショウのいい人感が出ていたのに、カメラワークが反転した瞬間「大量の拷問道具」が映し出されて「実は下衆野郎じゃねーか!」というのがセリフではなく、映像による恐怖として観客に伝わる感じに似てるなーと思いました。実に映画的でお見事!と最初に引き込まれるポイントでした。

また、物語序盤に、脱出の準備のために「ハリマの夫」がスナイパーに狙撃されますが、無機質に撃ち抜かれ横たわり、派手な演出が入らない点もリアルで良いなーと思いました。

このあたりは、マフィアの命令に従い軍隊のように殺しをし続けたアイルランド人の殺し屋(ソルジャー)「フランク・シーラン」を描いたドキュメンタリー映画『アイリッシュマン』の殺人シーンに通じる「無機質な殺意故の怖さ」が感じられました。

物語のバックボーンが掴めないまま終わってしまう

筆者が本作『シリアにて』を見て、一番ガッカリしたのは、主人公であり三児の母であるオームがなぜ自宅をシェルターにして、戦地から退かず、隣人を匿っているのか・・・という物語の一番重要な背骨が全く掴めないままエンドロールに突入してしまった点です。

シリアにて

岩波ホール『シリアにて』紹介ページより

実際に、「シリアの内戦」では大量の難民がおり、受け入れ先がないため、内戦の地であろうとも、避難ができていない「国内避難民」の方が沢山いらっしゃる・・・というのは分かるのですが、本作は1つの「映画」なので、主人公たちはどういう理由で今の状況になっているのか説明が欲しかったと思います。

今の状況に関する説明が全くないので、オームのエゴに家族だけでなく、隣人も含む多くの人たちが巻き込まれているようにしか見えなかったというのが本音です。

オームが何を正義とし、何から何を守ろうとしているのか全く理解できないまま放置されてしまった感が否めません。

リアリティに欠けた演出、残念な小道具の数々

本作は「内戦」をリアルに描こうとしているわりに、リアリティに欠けた演出、また雑な小道具の数々が映画の魅力を大きく損なわせていると思います。

例えば、物語冒頭で「ハリマの夫」が早朝にスナイパーに腹部を狙撃され、その後丸1日道路で放置されますが、なぜか生きておりハッピーエンドな展開にストーリーが進んでいきます。

スナイパーライフルは弾頭が尖った殺傷目的の5.56mm弾、もしくは7.62mm弾が使われているので、腹部を撃ち抜かれたら大穴が空くので、臓器破損、および出血多量で数分で死に至ると思います。

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いくらなんでもスナイパーライフルで腹部撃ち抜かれ丸1日放置されていて「やった!まだ生きてるわ!」は無いわ~・・・と思いました。

また、物語終盤、夜盗が家(シェルター)に侵入してしまい、孤立した隣人夫婦の女性「ハリマ」とその「赤子」が夜盗に見つかってしまい辱めを受けることになります。

ただ、夜盗たちは「ハリマ」を辱めた後、家を物色し、金品や物資を奪うわけでもなく、「もうそのへんでいいだろう」と仲間同士で咎めあって、どこかに立ち去ってしまいます。

「シリアの内戦」では、地雷原を歩かされ、地雷除去装置として利用される等の非人道的な職務が課せられる18歳未満の「子供兵」が人権的な観点から社会問題となっています。

つまり「赤子」は野党にとっては軍隊やテロ組織に売れる財貨にあたるので、リアリズムな視点からすると持ち去らない理由がありません。

「シリアの内戦」の悲惨さ、残酷な状況をリアルに描ききることにこそ意味がある本作において、このリアルな社会問題から背を向けて逃げてしまったのは、度胸がないな~・・・と残念な気持ちになりました。

 

さらに、家(シェルター)のすぐ外にはスナイパーがいるくらいなので、当然満足に食料や嗜好品などの物資が手に入らない状況のはずです。

「水」に関しては、貴重品であるため大切に使うように「オーム」が子供たちを叱るシーンがあるものの、キッチンにある調味料や洗面台にある歯磨き粉や化粧水がほぼ満タンであったり、義父は大量のタバコを嗜んでいたり、スマホにノートPCなんでもござれという状況なので、とても物資に困っている様子が伺えません。

(実際のシリアでは、シリア内戦を起因として経済は低迷、物資がそこをつく中で物価のインフレが加速していく一方という最悪な状況にあるはずです)

ちょっとした小道具の演出と、少しのセリフを入れるだけで、物資が満足に得られていない緊迫した状況を表現できるのに、勿体ないなーと感じました。

付け加えるならば、最後に「オーム」の夫と、その仲間たちがAK47やMP5といった名銃を持って家(シェルター)に帰宅します。

それだけの銃火器をグループとして持っているならば、1丁でも家に護身用に置いておけば良いのでは?と率直にロジカルな疑問を抱いてしまいます。

このあたりは突っ込みを入れ始めるときりがないのですが、「シリアの内戦」の「雰囲気」だけ伝えられればいいや~という全体的に雑な演出と脚本がどーしても気になってしまいました。

筆者個人は、映画としての魅力は本作『シリアにて』に感じることは出来ませんでした。

しかし、今なお続いている「シリアの内戦」を知る・考えるキッカケを作れるという点においては非常に価値のある作品であることは勿論否定しません。

最後にどうしてもこの作品を観て「機動警察パトレイバー2 the Movie」の「後藤隊長と荒川の会話」がリンクしてしまったので、Youtubeに上がっている動画を張らせて頂きます。

正直筆者の趣味嗜好には合いませんでしたが、あくまで私に合わなかっただけかもしれません。「シリアの内戦」に興味がある方は、『シリアにて』を是非劇場でウォッチして下さい!